商業主義の行き着く先について

考える

様々なカメラの新機種がこれでもかと
発売されています
高感度耐性、高画質,
AF精度、連写、動画機能などなど
マイナーチェンジの嵐

私自身は風景も撮りたい、生き物も撮りたい、
ポートレイトも撮りたい、大好きな逆光写真も
撮りたい、夜景や星景も花も撮りたい
なかなか時間が取れなくてあまり写真は撮れないけど

今はフルサイズをメーカー違いで2台、
APS-Cもすでに現行機種ではないけど4台を状況によって
持ち出している
レンズ資産があるので、なかなか他のメーカーにシフトも
できないけど

いずれ、フルサイズのフラグシップとロクヨンあたりで
のんびり野鳥を撮りたいとも思っている
ザハトラーやジッツオがよければ購入するつもりもある

オーディオの世界に比べればカメラ機器類の世界はたかが知れている

ただ、オーディオに関しては音を聴くことなのか
写真はただ精細にモノを撮ることなのか、動体のシャッターチャンス
を撮りきることなのか、常々疑問を持っている

商業主義の行き着く先はたぶん底が知れている
デジタルの世界は否定はしないしその貢献度を評価しないわけではないが

昔撮った使い捨て式フィルムカメラの写真見ながら、
双眼鏡やフィールドスコープで野鳥を観察していたころ
を思い出しながら
モノラルの音質の悪いレコードを聴きながら

デジタル記録という世界が空しく感じる今日この頃

と、ひとりごとです



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by touchii-minami | 2016-09-14 21:09
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